棒高跳びで21年振りの世界記録更新

 2014年2月15日、ウクライナのドネツクで行われた室内競技会の棒高跳びにおいて、ロンドン五輪金メダリストのルノー・ラビレニ(フランス)が6メートル16の世界新記録を樹立しました。オフシーズンの室内大会で、記録が認められるまでに陸連の審査が必要だったこともあって今一つ盛り上がらない印象ですが、偉大なる歴史的瞬間です。

2014年03月24日 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ名・迷場面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックするタグ:陸上

オルフェーブルのラストラン

 2011年クラシック三冠を制し、フランス凱旋門賞へも挑戦したオルフェーブルのラストランとなった2013年有馬記念。圧倒的な1番人気に支持されたオルフェーヴルは、最後の直線で一気に他馬を突き放して独走。2着ウインバリアシオンに8馬身もの差をつけ、ゴールに飛び込み、有終の美を飾った。

悪童マッケンロー

 試合中に怒りの感情を露わに大暴れすることで知られていたプロテニスプレイヤー、ジョン・マッケンローです。

 活躍した時期は1980年代前半頃でした。

 その暴れっぷりのせいか、実力以上の人気があったように思います。

 同時期のプレイヤー、ビヨン・ボルグやイワン・レンドルに比べても一番印象深いのはマッケンローなんじゃないでしょうか。

ゲイル・ディバースまさかの転倒(1992)

 1992年のバルセロナオリンピック陸上女子100mハードル決勝。

 このレースの前、同大会の100mを制し既に金メダルを獲得していたゲイル・ディバースは、専門であるこの100mハードルでも優勝することを確実視されていました。

 事実、9台目のハードルを越えたところまでは二位を引き離してのトップで、実力では完全に抜きんでていることを証明しています。

 しかしディバースは、10台目のハードルに脚を掛け、まさかの転倒。結果は5位となってしまいました。

バッドボーイズの幕切れ(1991)

 1991年のNBAイースタンカンファレンスファイナルシリーズ、シカゴ・ブルズ対デトロイト・ピストンズ第四戦。

 前年までNBA二連覇中のデトロイト・ピストンズはプレイオフ敗退が濃厚になると、リーダーのアイザイア・トーマスが試合終了を待たずして控え選手を引き連れ退場。

 そのスポーツマンシップに欠けた行為は批判の対象になる一方、多くのファンは、当時荒々しいプレイで”バッドボーイズ”と呼ばれていていた彼ららしい幕切れと評しました。

うなぎのエリック(2000)

 2000年のシドニーオリンピックの水泳男子100m自由形予選で、他選手がフライング失格したせいで一人でレースを行うことになった上に、まるで溺れそうな泳ぎ方を見せたことで一躍世界の注目を浴びた赤道ギニア代表エリック・ムサンバニです。

 実はこのときの記録は当時の赤道ギニアのナショナルレコードだったんですね。

不死鳥ニキ・ラウダ(1976)

 1976年8月1日にニュルブルクリンクで開催されたF1ドイツグランプリで前年のワールドチャンピオンであるニキ・ラウダが起こしたクラッシュ事故です。

 この大事故によりニキ・ラウダは生死を彷徨う重傷を負い、顔には酷い火傷の痕を残しました。しかし驚異的な精神力により、僅か6週間後にレースへ復帰。彼に不死鳥のニックネームが付いたのは、この出来事が由縁です。

2013年01月04日 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ名・迷場面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックするタグ:F1

ジム・マーシャルの逆走(1964)

 1964年10月25日に開催されたNFLミネソタ・バイキング対サンブランシスコ・フォーティーナイナーズ戦で起こった、歴史に残る迷プレイです。

 サンフランシスコの攻撃で、レシーバーがファンブルしたボールをミネソタのディフェンシブ・エンドであるジム・マーシャルがリカバーすると、そのまま自軍側へ向かって激走しタッチダウン。

 自らのスーパープレイに興奮していたせいか、彼は敵選手に「ありがとう」と声を掛けられるまで逆走に気がつかなかったそうです。

モハメド・アリの衝撃(1964)

 動画は、当時カシアス・クレイという名前だったアリが、初めてWBA世界ヘビー級王座へ挑戦し、勝利するまでを追ったもの。

 モハメド・アリが現在でもボクシング史上ナンバーワンのスーパースターとして語られるのは、強さやテクニックといったリング上のこともさることながら、巧みな話術で一般大衆を湧かせ、世界最高の興行であるプロボクシングヘビー級のタイトルマッチを最大限に成功させることができたからです。

 「蝶のように舞い、蜂のように刺す」「私は奴を寄せ付けない。リングで踊るんだ」など有名な言葉も多く残していますね。

 後の他の選手も、過剰なリップサービスで試合前の雰囲気を盛り上げることはするわけですが、アリほど大衆を魅了することのできる選手が現れたことはありません。

 他のプロスポーツに目を向けても、アリほど話術に長けた選手はいないのではないかと思います。

エスコバルの悲劇(1994)

 1994年6月22日に行われた、FIFAワールドカップアメリカ大会グループリーグA組コロンビア対アメリカ戦。

 この試合の前半34分にコロンビア代表アンドレス・エスコバルがオウンゴールをしてしまいます。そして試合はアメリカ2-1コロンビアでアメリカの勝利。既にグループリーグ第一戦で負けていたコロンビアはこの敗戦が重く、結局決勝トーナメントへは進めないまま、本大会を去ることになりました。

 そして、その後エスコバル選手は、コロンビアへ帰国後の7月2日、銃で撃たれ死亡します。

 エスコバル選手銃殺のニュースは、まだ大会の期間中だったこともあり、世界中に衝撃が走りました。

 犯行にはワールドカップを賭けの対象としていた不法賭博シンジケートが関与していたとも言われています。

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